村仲レポート

【注意】この頁の記載、事実確認がまだ行われていない部分が多々あります。とりあえず”フィクション”ということにさせていただきます。よって、事実と反する記述、”関係者”にはムカッとくる記述も多いかと思いますが、ご容赦願います。事実関係が確認され次第、順次修正していきたいと考えておりますので悪しからず・・・あまり真剣には読まないでくださいね・・・

【生誕の地】

 人類の救い主、イエス・キリストはユダヤのベツレヘムでお生まれになりました。何番目の弟子 に当たるかは定かでありませんが、イエス様が愛されているイエス様の弟子、村仲宣教師の生まれ故郷は日本の鹿児島県は出水(いずみ)市です。

  出水(いずみ)市の詳細

 

【ニイタカヤマノボレ】

<ご生誕以降この間未調査> 調査の上順次追加いたします・・・

 名古屋で主の僕(牧師)となられた村仲先生はある日のこと、主の細い御声を聞きました・・・「ロッキーヤマノボレ!」。

 霊的に敏感な村仲先生は、すぐに主の暗号を解読されました。これは主の出撃命令だ!!
 ハワイのパール・ハーバーを攻撃するため、日本の軍隊は鹿児島湾で桜島をオアフ島に見立てて何度も訓練を行い、ハワイに迫り、佐世保の現在のハウステンボス近くに今も立つ針尾無線塔から発せられた「ニイタカヤマノボレ」の信号を受けて、攻撃を開始しました。

 日本軍があの猛訓練を行った鹿児島ご出身の村仲牧師が、50年以上後に今度は主の命令を受け、全てを捨てて(捨ててはいけない奥様は同伴して)、奇しくもパール・ハーバーの日(12月8日)についに カナダへ向けて出撃されました。1998年のことでした。

 こうして、「単なる思い込みじゃないの?」「幻聴じゃないの?」「エッ?カナダ?バンフ?スキーでもしに行くの?」「村仲先生スキーできたっけ?」などという外野のたわごとには一切耳を傾けず、猛然と日本を後にカナダへ向けて出撃されたのでした。パールハーバーとカナダと 、どのような関係があるのかですって?謎です・・・

【トラトラトラ】

 「パール・ハーバー」においては、米軍はまさか日本がこんなとこまで攻めて来るとは考えず、すっかり安心していました。そこに突然日本軍が攻撃を仕掛けたため、ハワイの米軍は完全に不意打ちを食らい、2000名を越す死者を出し18隻もの艦船を失うことになってしまいました。

 カナダの”この世の君”もまさかあの村仲牧師が宣教師として”出撃”して来るとは夢にも思わず、すっかり安心しておりました。そこに村仲宣教師が聖霊様と奥様と共に聖書の御言葉とジョーク をもって猛攻撃を敢行したため 、壊滅的な打撃を受けてしまったそうです。

 「パール・ハーバー」においては、完全に相手の虚をついたため、日本側の被害は少なく、死者はわずか64名、失った航空機29機にすぎませんでした。そして指揮官の南雲忠一中将は敢えて2度目の攻撃は避けてほぼ無傷に近い状態で艦隊を返し、「トラトラトラ」(我、奇襲に成功せり)の信号を発して、攻撃成功を報告したのでした。

 村仲宣教師もカナダにおいて多大の戦果を挙げ、「Toshi! Toshi! Toshi!」(我、カナダの福音化に成功せり)の信号を発し日本に凱旋されることでしょう。完全勝利の日まで、攻撃の手を休めることなく聖霊様と共に、奥様と共に、イエス様の御名をもって、聖書の御言葉をもって、ついでに出水ジョーク(カナディアンジョーク?)をもって獅子奮迅の活躍をされている 、村仲宣教師ご夫妻を是非皆様祈りをもって応援してください。

 大好評を博した”Toshi! Toshi! Toshi”の続編です。「それからの武蔵」ならぬ”それからの俊朗”といったところでしょうか。あくまでフィクション(ということになっております)ですので、あまり真剣には読まないでくださいね・・・真剣に読むわけないか・・・

【最初のカナダ宣教】

 日本からノコノコやって来た村仲宣教師をカナダの”この世の君”はじっと観察しておりました。東洋には韓国の「チョー・ヨンギ牧師」など、実に警戒すべき牧師がいるという噂を聞いていたので、この日本からやって来た村仲宣教師にも当初は警戒を怠らなかったのです。

 すると村仲宣教師は実に寒い、寒さには強いはずのカナダの人々さえ凍りつかせてしまうような、ジョークというか駄洒落というか、とにかくカナダの”この世の君”でさえ思わず恥ずかしくなり顔を赤らめるようなすさまじい親父ギャクを連発されました。

 そこでなぜかカナダの”この世の君”が下した評価は、「日本の牧師、取るに足らず!」。
カナダではリバイバルしている教会があり、そちらの対応で忙しかった”この世の君”は、村仲宣教師を完全な”安全パイ”と見なし、相手にしないことに決めました。

 しかし、実はこれが村仲宣教師一流の深い深い”深学”を駆使した宣教戦略だったのです。
 人間、つまらない駄洒落を聞かされると「クダラナイ!」と思うだけですが、余りにも寒いギャグを聞かされると相手のことが哀れに思えてくるものです。そして、その相手が超低姿勢で迫って来ると思わず心を開いてしまうという、これがまさに村仲宣教師得意の”実践深学”を駆使した高等戦術であったのです。
 これが、神と人とに対してへりくだることで神と人から愛され、ついでに”この世の君”まで欺いてしまうという実に巧妙な計算しつくされた戦法でした。
 宮本武蔵が巌流島で佐々木小次郎をじらしにじらした挙句「小次郎、敗れたり!」とか叫んで勝ってしまったように、村仲宣教師も「サタン、敗れたり!」と叫んで大きな勝利を手中に収めたのでした。

   深学とは (神学にあらず、進学でもあらず・・・)

 こうして南雲忠一中将と同様に村仲牧師ご夫妻も、「トラトラトラ」(我、奇襲に成功せり)ならぬ「Toshi! Toshi! Toshi!」(我、カナダの福音化に成功せり)の信号を発して、カナダの地において多大の功績を残し日本に凱旋されました。

 ここで、「めでたし、めでたし!」で終わるはずだったんですが、実はまだまだ続きがあったのです・・・

【トラトラトラ 2】

 カナダの”この世の君”にとって「目の上のたんこぶ」のような「バンフのToshi」が日本に帰った後、しばらくは平穏な日々が続きました。もうすっかり、寒いジョークを飛ばすToshiのことなど忘れ去ったと思っていても、あの日が来るとまたToshiのことを思い出してしまうカナダの”この世の君”でした。あの日とは、そう、パール・ハーバーの日(12月8日)です。
 お調子者のToshiがまた何かの拍子に、勝手な思い込みでパール・ハーバーの日に出撃して来ないとも限らない、それだけが心配の種でした。
 「どうもあいつだけは苦手なんだ・・・」カナダの”この世の君”は心底Toshiを恐れ(いえ!Toshiをいつも支え助けている聖霊様を恐れ)嫌っておりました。

 パール・ハーバーの指揮官南雲忠一中将は敢えて2度目の攻撃は避けて帰国してしまいました。2度目の攻撃を行っていれば、もっと大きな戦果を上げられたのにというような批判もありました。
 我らの村仲宣教師は日本に帰国後、クリスチャンライフで奉仕しながら、カナダ再攻撃の準備を一人密かに着々と遂行していたのでした。 表面上は「私はもう二度とカナダには行きませんよ」というようなふりをして。
  クリスチャンライフでは祈りと御言葉の奉仕に専念しながらも、さらにいっそうジョークと深学に磨きをかけつつ主の御声を聞き漏らすまいと、一時たりとも注意を怠ることはありませんでした。
 そして、ついにその日がやって来ました!

 「えっ!村仲先生また行くの!」「今度は何しに?」「またスキー?」などという外野の誹謗中傷、罵詈雑言に一切耳を貸さず、ただただ主の出撃命令を信じてカナダへと、嫌がる(?)奥様の首に縄を付けるようにして再度の出撃を敢行されたのでした。村仲宣教師だけには再びあの声が聞こえてい ました「ロッキーヤマノボレ!」

 しかも今回はカナダの”この世の君”の裏をかき、パール・ハーバーの日を外しての出撃でした。慌てふためくカナダの”この世の君”の姿が目に見えるようではありませんか!

 こうして、村仲宣教師は日本軍も行わなかった「二度目の攻撃」をカナダはバンフで決行中でございます。カナダ宣教の戦況報告は随時この『村仲レポート』に掲載させていただきます。村仲宣教師が再びカナダにおいて多大の戦果を挙げ、「Toshi! Toshi! Toshi!」(我、カナダの福音化に成功せり)の信号を再度発して日本に凱旋されることを期待しましょう。完全勝利の日まで、攻撃の手を休めることなく聖霊様と共に、奥様と共に、イエス様の御名をもって、聖書の御言葉をもって、ついでに出水ジョーク(カナディアンジョーク?)をもって獅子奮迅の活躍をされている 、村仲宣教師ご夫妻を是非皆様祈りをもって応援してください。

  『カナダの興廃此一戦にありToshi牧師一層奮励努力せよ!』