村仲レポート


村仲宣教師の母教会および、母教会のあある名古屋の紹介

Toshi先生の母教会ってどんなところでしょう?
教会の周りにはどんなところがあるのでしょう?
とてもローカルなことにでも興味を示される方は是非どうぞ。

名古屋市:名古屋市の公式ホームページ等からの抜粋。詳しくは公式ホームページを参照願います。

 左の地図が日本です。真ん中の一番大きな”島”が本州でその北(上)の方にへばり付いているのが北海道、南(下)のほうに 付着している小さいほうの”島”が四国で、若干大きい方が九州です。
 本州のほぼ真ん中近辺に、愛知県という名の県があります。
 

左の地図が愛知県です。
愛知県の西側部分に名古屋市があります。 

関ヶ原の戦いで天下の実権を握った徳川家康が、海陸の連絡に便利な那古野台地に築城工事を始めたのは、慶長15年(1610)のことでした。これに伴って清洲の士民が移り住み(清洲越し)、市街地ができあがりました。以来、徳川御三家筆頭の城下町として尾張藩の中心となり、江戸・大坂・京につぐ発展をみました。
 明治4年(1871)に行われた廃藩置県で、新政府は名古屋県(翌5年に愛知県と改称)を置き、管内を6大区に分けて名古屋と熱田を第1大区としました。その後、明治11年(1878)、名古屋区として初めて独立行政区となり、明治22年(1889)10月1日の市制施行で、名古屋市は人口約15万7,000人、面積約13.34km2でスタートをしました。
 明治・大正から昭和の初頭には経済界の活況に伴い、商工業都市として順調な発展を続け、昭和12年(1937)に名古屋汎太平洋平和博覧会を開くに至りました。しかし、この年に日中戦争がぼっ発、以降、戦時非常体制一色へ・・・。
 太平洋戦争により当時の市域の約4分の1を焼失しました。
 戦後、いち早く復興都市計画事業に着手。100m道路の建設、平和公園への墓地移転などの大事業を行い、今日の基盤が確立されました。
 しかし、復興と急成長が進む中、昭和34年(1959)伊勢湾台風の襲来を受け、死者1,800人余、被災世帯13万人に及ぶ被害を受けました。この大災害は、その後の街づくり、『無災害都市』への示唆を与えました。
 誕生から今日に至るまでに近隣の市町村の編入などもあり、現在では市域326.45km2、人口約220万人の規模となりました。
 

 名古屋市の世帯数と人口: (平成18年9月1日現在)

  世帯数 967,879世帯
  人 口 2,222,907人

市域326.45km2

千種区:

 その名古屋市の真ん中からやや北東よりの部分に千種区(ちくさくと読みます)があります。
 この千種区にかの有名なクリスチャンライフ(村仲宣教師の母教会)があります。

 区の西部は、平成9年3月に都市景観整備地区に指定された今池を中心に近代的なビルが立ち並び、ビジネスのまちとして発展しています。
さらに、吹上にはモダンな外観の中小企業振興会館があり、名古屋の産業振興に大きく貢献しています。
  本山から昭和区山手通に続く四谷通や星ケ丘周辺は、多くの学校が点在する文教地区。
おしゃれなブティックや喫茶店などが連なり、若さあふれるまちとしてにぎわっています。
また、地下鉄4号線が延長されることにより、さらに活発なまちへと変わりつつあります。
  東部丘陵地の千種台地区では、「千種台ふれあいタウン」を整備中。
高齢者から若者までが共生できるまちづくりも順調に進んでいます。
  また、平成10年7月には、新池東側に待望の千種スポーツセンターがオープン。
スポーツ振興の拠点としての役割が期待されています。
  東山動植物園・平和公園・天満緑道・ユリの名所として知られる千種公園などは、市民の憩いの場となっています。
とりわけ、東山スカイタワー(高さ134メートル)からの素晴らしい眺望や世界的にも珍しいメダカ専門の水族館「世界のメダカ館」(東山動物園内)は、市民の人気を集めています。

 千種区のシンボルマーク

 千種区の「千」の字を伸びる樹にみたて意匠化し、 太陽と緑に恵まれた区をイメージしたものです。

 区の花(アジサイ Hydrangea)

 ゆきのした科
 花の色変化が楽しみな、ガクアジサイを母種とする園芸種です。梅雨期、装飾花(中性花)が直径20cmほどの球状に集まって咲きます。平成2年1月制定


クリスチャンライフ:

これがクリスチャンライフです。
 1F:駐車場、トイレ等
 2F:礼拝所
 3F:牧師室、事務室等
 必要最低限のとことろだけ業者に依頼し、後は自分たちで建てたという”手作り”の教会です。

 〒464-0094
  愛知県 千種区 赤坂町 4−64

 ☎ 052−721−7831
 FAX 052−721−7625

こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った。<使徒11:12>
これが「旧会堂」です。
34年前に「赤坂福音教会」という名称でスタートしました。

秘蔵写真:

 十数年前(1989年当時)のToshi先生ファミリーです。
 クリスチャンライフに移って来られた当時のお写真です。Toshi先生 のなんと凛々しい ことでしょう。いかにもこれぞ九州男児という感じでございますね・・・奥様も今とお変わりありませんね!三人のお子様はずいぶんとごりっぱに成長され感無量でございます。

わたしが彼を選び出したのは、彼がその子らと、彼の後の家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公正とを行なわせるため、主が、アブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである。<創世記18:19>
Toshi先生のご長男(俊樹さん)の礼拝(聖日一部礼拝)での初司会の様子です。初々しくてとても良かったです。血筋は争えませんね。

彼らの勤労はむだでなく、その生むところの子らは災にかからない。彼らは主に祝福された者のすえであって、その子らも彼らと共におるからである。<イザヤ65:23>

 ご次男様もごらんのように頑張っておられます(クリスチャンライフでの聖日一部礼拝で司会をされているご様子)。
 ちなみに、このお坊ちゃまが次男の祐樹(ユウキ)さんで、この前ご結婚なされたのが長男の俊樹(トシキ)さんです。お間違えのないように。

 お坊ちゃま(次男)だけでなく、お嬢様(ゆり)も写真のように(神の家族夏季聖会での伴奏奉仕)頑張っておいでです。

 三人のお子様ともご立派に成長され、感無量でございます・・・
立派なお父様の背中を見ながら成長されたため、今日のようになられたのでしょうねきっと。「子供は親の背中を見て育つ」とか「子供は親の鏡」と申しますが本当ですね。

教会の近くには:

ナゴヤドーム

 これがナゴヤドームです。教会から15分ほどのところにあります。名古屋では(名古屋でだけは)人気のある中日ドラゴンズのホームグラウンドです。
 甲子園球場を借り切ってリバイバルミッションが行われたのですから、このナゴヤドームを借り切って聖会を行いたいですね。ちなみに、ほんの一日一千万円ほどで借りられるそうです。

巨大ショッピングセンター誕生

そのナゴヤドームのすぐ横に巨大なショッピングセンターがオープンしました。(2006年3月)