村仲レポート


カナダ:

 正式国名  カナダ
 首都     オタワ
 面積     998万4670km2
 人口    1990年の人口は2779万600人、2005年推計の人口は3280万5041人で、人口密度は3.6人/km2である。
        全人口の80%(2003年推計)が都市居住者で、人口の約4分の3がアメリカとの国境沿いの狭い地域に
        すんでいる。
        人口の約61%がケベック州とオンタリオ州に集中しており、アルバータ州とマニトバ州、サスカチュワン州の
        大平原諸州には約16%が居住している。ユーコン準州、ノースウェスト準州、ヌナバット準州では居住者は
        きわめて少なく、あわせても0.4%にみたない。
 宗教    カナダではカトリック教徒がもっとも多く、その半数近くがケベック州にすむ。次に多いのが
        カナダ合同教会(メソディスト、長老派、会衆派の連合)の信徒で、英国国教会、バプティスト、ルター派教会が
        それにつづく。少数派として、東方正教会が人口の2%、イスラム教とユダヤ教が1%ずつを占める。
        近年は移民の流入とともに仏教、ヒンドゥー教、シク教などの信徒がふえている。なお、国民の13%が
        特定の宗教を信仰していない。

アルバータ州

Alberta

 州のモットー: "Fortis et Liber (Strong and free)"
 州都 エドモントン
 最大の都市 カルガリー
 面積
  -全面積:661,848 km2
  -陸上面積:642,317 km2
  -水域面積:19,531 km2
  -水域面積割合:2.95% カナダで6番目の大きさ
 人口
  - 2004年度                   3,183,312人
  - 人口密度 カナダで4番  4.63人 /km2
 州都   エドモントン
 総面積  661,848km2
 州人口  約318万人

アルバータ州の旗

 カナダ西部の州。州都で最大の都市はエドモントン,第2の大都市はカルガリー。カナダの主要民族とされるイギリス系,フランス系以外の人びと,ドイツ系,ウクライナ系,北欧系の多いことが特徴である。インディアンも多い。州名は 1878 年から 83 年までカナダ総督を務めたローヌ侯の夫人でビクトリア女王の王女,ルイズ・キャロライン・アルバータにちなむ。彼女は州最大の観光地バンフ国立公園のルイズ湖にもその名を残した。

 州の東端はカナダ楯状地の西端に,そして州の西部はロッキー山脈に占められるが,その間はなだらかな乾燥した大平原となっており,伝統的に農業,牧畜業が主要産業であった。農業は小麦,テンサイ,大麦が三大主要作物であり,テンサイ耕作の過酷な労働に従事した日系カナダ人の哀話が知られている。牧畜業による収入は農業によるそれに匹敵するが, 現在はあわせて州の総生産高の約8%を占めるにすぎない。またロッキーの景観で知られるバンフ,ジャスパーのほか,ウォータートン・レークス,エルク・アイランド,ウッド・バッファローの諸国立公園を擁し,国立公園の面積ではカナダ第 1 を誇るが,観光収入の上ではケベック,オンタリオ,ブリティッシュ・コロンビアより劣る。

 1947 年にエドモントン近郊のルデュックLeducで石油が発見されて以来,アルバータ州は天然資源の宝庫として一躍脚光を浴びるようになった。州の総生産高の約1/2を占める鉱業は原油 (タールサンドを含む),天然ガス,硫黄,石炭,セメントが主であり,石油はアメリカ合衆国に輸出されている。工業は農業および石油の関連産業が圧倒的で,とくに石油化学工業は1974年以降飛躍的な発展を遂げた。州民1人当りの年間個人所得1万1067ドル(1980)はカナダ第1位であり,好況を反映して他州からの人口の移動も多い。

 アルバータ州は,1670年に設立されたハドソン湾会社の領有地の一部であり,1870年カナダへ移譲された時には,わずかにハドソン湾会社の交易所が散在する未開の地であった。しかし74年,この広大な地域の治安と秩序の維持のために北西部騎馬警察が創設され,カルガリーの南方約200kmのマクラウド砦に駐在するようになると,徐々に牧畜業者や開拓農民が到来し始めた。83年にはカナダ・パシフィック鉄道がカルガリーに到達し,移住の増加に拍車がかけられた。1901年の人口7万3100人は10年後には37万4000人に増加したが,この間の1905年にアルバータ州が誕生した。

 アルバータ州では大恐慌を背景に社会信用理論を掲げて登場した社会信用党Social Credit Partyなる地方政党が1971年まで,36年間政権を握り続けた。その後はローヒードPeter Lougheedの率いる進歩保守党が,圧倒的多数を占めている。カナダ随一の経済力を維持するべくローヒードは連邦自由党政府の経済政策と激しく対立してきたが, 近年ここに西部カナダ党が誕生して西部分離主義を唱え,ケベック州と共にアルバータ州はカナダ政界に波紋を投げかける存在となっている。

カナディアンロッキー(Canadian Rockies)

 北アメリカ大陸北西部,ロッキー山脈のカナダ国内の部分をさす。長さ約 2000km。最高峰ロブソン山 (3954m) をはじめ3000mを超す山が連なる。ロッキー山脈のアメリカ部分よりも一般に高度は低いが,現存する氷河の数と量ははるかに大きい。狭義には,ブリティッシュ・コロンビア,アルバータ両州の州境の南半分にかかる部分をさすこともあり,ジャスパー,バンフ両国立公園がその中心である。ここはみごとな山岳氷河地形を示し,スイス・アルプスに似た景観が何百kmにもわたって展開し,カナダ随一の観光地となっている。

 

ロッキー山脈

 北アメリカ大陸西部を北西から南東に走る大褶曲山脈。別称ロッキーズRockies。カナダのブリティッシュ・コロンビア州からアメリカ合衆国ニューメキシコ州にかけて,4500kmの長さをもち,南はメキシコの東シエラ・マドレ山脈に続く。4000m級の高峰が連なり,最高峰はコロラド州のエルバート山 (4399m) で,カナディアン・ロッキーと呼ばれるカナダ領の最高峰は,ブリティッシュ・コロンビア州のロブソン山 (3954m)。西側は,カナダ領ではコースト (海岸) 山脈に接し,アメリカ領ではコロンビア高原,グレート・ベースン,コロラド高原が広がり,さらに西にシエラ・ネバダ,カスケード,コースト・レーンジズ (海岸山脈) の山脈がのびる。これらの山脈や高原とともに,ロッキー山脈は,南・北アメリカ大陸西部を走るコルディレラ山系の一部を構成する。中生代末期に褶曲,断層,隆起をうけたあと一度準平原化したが,第三紀末期に再び著しい造山運動によって形成された。並行して走る数多くの険しい山脈,山脈を横切る横谷,山脈にはさまれた高原や盆地などの複雑な地形がみられ,火山地形や氷河地形も多い。北部は氷食の影響を強くうけており,氷河も現存する。雨量に恵まれる北部ではとくに森林面積が大きく,森林限界はカナダ南部で標高 2200mであるが,南へ向かって上昇し,アメリカ中部で3400mに達する。南部では乾燥度が増す。北アメリカ大陸の大陸分水界をなし,リオ・グランデ,アーカンソー,ミズーリ,コロンビア,コロラドなどの大河川の水源である。

 17 世紀にカトリック伝道師がメキシコからロッキー山脈南部に足を踏み入れた。1803 年のルイジアナ購入によってアメリカ領土が大幅に拡大してから,アメリカ人による探検が始まり,ルイス=クラーク探検隊 (1804‐06) をはじめとする多くの探検隊がロッキー山脈を越え,ロッキー以西の地域に関する情報を収集した。グレート・プレーンズから急に険しくそびえたつロッキー山脈は,平原を西へと進んできた開拓者の前にたちはだかる大障害となった。この大山脈を越えた最初のルートはオレゴン街道で,これはミズーリ川の支流プラット川をさかのぼり,サウス・パス (峠) からミズーリ川,そしてコロンビア川を経て太平洋岸に達し,1830年代,40年代に盛んに利用された。さらにカリフォルニアのゴールドラッシュ以降,多くの人々がロッキー山脈を越え,またユニオン・パシフィック鉄道をはじめとする大陸横断鉄道の建設が進んだ。ロッキー山脈の開発を促したのは豊富な鉱産資源で,初期の入植者の多くは一獲千金を夢見た山師たちであった。金,銀,銅,鉄,鉛,亜鉛,石炭,石材,ウラニウム,ベリウム,モリブデン,セッコウなどの宝庫であり,銅で知られるモンタナ州のビュートやアナコンダ,金・銀・鉛・亜鉛のコロラド州レッドビル,世界的なモリブデンの産地の同州クライマックスなどの典型的な鉱山集落が形成されてきた。パウダー川盆地をはじめとして,山脈にはさまれた盆地には油田やガス田が多い。歴青炭を中心とした石炭,乾留による石油原料のオイルシェール,石油を含んだタールサンドの埋蔵も多く,開発が進められている。

 ロッキー山脈は変化に富んだ雄大な山岳美を誇り,バイソン,グリズリー (ハイイログマ),ヘラジカ,シロイワヤギ,ビッグホーン,カリブーなどの大型動物をはじめとする野生動物が生息する。アメリカ領には国有林が広範に広がるほか,1872年創設のイェローストーン国立公園をはじめロッキー山岳,グランド・ティートンなどの国立公園が,国境にはウォータートン・グレーシャー国際平和公園が,またカナダ領にはバンフ,ジャスパー,グレーシャーなどの国立公園が設けられ,大自然が保護されている。アスペン (コロラド州),バンフ (カナダ,アルバータ州) などのスキー・リゾートも多い。自動車の普及と道路整備に伴い,観光は鉱業と並んでロッキー山脈の重要な産業となってきた。このほか,山間河谷における灌漑農業や,季節的放牧業がみられるが,人口密度は依然として低い。最大都市は東麓のコロラド州デンバーで,交通・流通基地をなす。

バンフ国立公園(Banff National Park)

 カナダアルバータ州にあるカナダで最初の国立公園である。カルガリーの西方のカナディアン・ロッキーにあり、バンフの町を含んでいる。近隣の国立公園とともに世界遺産に登録されている。
 ここでは、温泉・山の景色・キャンプ・登山・山歩き・ゴルフ・乗馬・スキーなどが楽しめ、バンフスプリングホテルやレイク・ルイーズなども魅力的である。
 バンフ国立公園は、1887年6月23日に「ロッキー山脈の公園に関する法(Rocky Mountains Park Act)」によって作られた。
 バンフ国立公園の面積は6641km2に及び、中を通る道は1600kmを越えている。
 バンフの名称はカナダ太平洋鉄道(Canadian Pacific Railroad)の駅の名前に先につけられ、それが町の名前になったが、その元々の由来はスコットランドの バンフシャー(Banffshire)という町にあると考えられている。
 公園へ立ち寄るのには入園許可証が必要であり、許可証のチェックは夏の数カ月の間一般的に行われる。特にアイスフィールドパークウェイの入口やレイク・ルイーズでチェックが行われる。但し、公園を通過するだけなら許可証は必要ではない。また、国立公園の特別保護地域であるため上空に航空機を飛ばすことは禁止されている。したがって公園内に空港はない。
 公園内をトランスカナダハイウェイが通るため、野生生物が車にひき殺されることも多く問題になった。現在では高速道路の周りを柵で囲み、動物用の地下道や立体交差を作ることで、動物が道路に入らないように対策がとられ始めている。
 公園内の景色の美しい地点として、ミネワンカ湖(Lake Minnewanka)、ランドル山(Mount Rundle)、バーミリオン湖(the Vermilion Lakes)、テン・ピークス(the Ten Peaks)渓谷にあるモレーン湖(Moraine Lake、ターコイズブルー色の湖水で有名)、ボウ湖(Bow Lake)、ペイトー湖(Peyto Lake)などが有名である。

 


バンフ(Banff)

 カナダ・アルバータ州の町。バンフ国立公園内にあり、ロッキー山脈観光の中心地である。
 カルガリーより135km西に位置し、レイク・ルイーズからは58km東にある。面積は4.85km2である。
 人口は8352人(2005年)であるが、この数字には1025人の一時期だけ住む人たちの数も含まれている。国立公園内にあることから、環境保護などのために居住者はバンフの中で働くかバンフを拠点に働く人(及びその家族)に限られている。
 夏季のロッキー山脈登山、冬季のスキーなどで賑わうリゾート地である。周囲の山には温泉も湧いている。

 歴史:

  バンフの町はカナディアン・パシフィック鉄道によって1880年に観光地として作られた。その名称はスコットランドの同名の自治体に由来している。カナディアン・パシフィック鉄道は、線路沿いに大きなバンフ・スプリングホテルを建設しこの町を観光地として宣伝した。現在でもバンフはカナダの主要な観光地の一つである。
 1972年の冬季オリンピックの開催地として立候補したが、次点であった。1991年には冬季デフリンピックが開催されている。 
 1985年に、バンフを含むカナディアンロッキーの一帯が世界遺産に登録された。

カルガリーから、125Km離れたところにある、世界有数の観光地バンフです

 バンフの町