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「キリストと共に生きる-17 奥義に基づき福音に仕える」

- 2017年12月17日 -

講師:水野 明廣 師
聖書箇所 エペソ3:3-9、ヘブル6:10

●先に簡単に書いたとおり、この奥義は、啓示によって私に知らされたのです。それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよくわかるはずです。この奥義は、今は、御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されていますが、前の時代には、今と同じようには人々に知らされていませんでした。その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となるということです。私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝え、また、万物を創造された神の中に世々隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。[エペソ3:3-9]

 奥義とは、キリストが来られたことによって明らかにされた神の隠されていたご計画のことです。旧約時代に預言されていたことが、キリストが来られたことによって実現しました。それゆえ、新約聖書に奥義という言葉が多く使われています。

●聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみなが眠ってしまうのではなく、みな変えられるのです。[Tコリント15:51]
●神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。[コロサイ1:27]


 私たちはただ恵みによって救われました。そこには何の差別もありません。

●ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。[ガラテヤ3:28]

 イエス・キリストは十字架で隔ての壁を打ち壊されました。イエス様を信じて救われた私たちは一つの体です。(エペソ3:6参照)私たちは一つの家族です。(エペソ2:19参照)

●ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。[ガラテヤ6:10]

 主は私たちの罪を完全に赦され、思い出すこともなさいません。今も私たちのためにとりなしてくださいます。

●罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。[ローマ8:34]
●したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。[ヘブル7:25]

 今の現状がどうであれ、私たちはキリストにあっては、圧倒的な勝利者です。(ローマ8:37参照)主はインマヌエルの神としていつも共にいてくださいます。決して忘れることも捨てることもありません。

●「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。[イザヤ49:15]
●金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」[ヘブル13:5]


 クリスチャンの特徴は神が共におられるということです。(創世記21:22参照)主は私たちのからだを聖霊の宮として私たちの内に生きておられます。私たちは福音がどんなに素晴らしいか本当に分かってはいないのです。

●それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々のばあいに、おおいが掛かっているのです。そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。[Uコリント4:3-4]

 福音を聞いても福音のすばらしさを知ることができないのは、福音に覆いが掛けられているからです。福音の光を輝かせない力が働いています。福音のすばらしさを経験していないのです。

●また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。[マタイ13:22]

 私たちはどんなに忙しくても主に心を向ける習慣を身に着けることが大切です。働き中心になって、主に聞く時間をおろそかにしたら足もとがぐらついてしまいます。イエス様は「どうしても必要なことはわずかです。いや一つだけです。」と言われました。私たちにどうしても必要なのは主に心を向け、御言葉を聞くことです。

●しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。[Uコリント3:16]

 ひたむきにやり続けることが大切です。忍耐強くあってください。

●絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。[Tテサロニケ1:3]

 私たちは福音のために生かされています。主が私たちを福音に仕える者として召してくださいました。聖霊様は私たちがキリストの福音の証人となるために助け主として働いてくださいます。私たちが、置かれている所、遣わされている所でキリストの香りとなり、キリストの手紙となることができるようにお祈りいたします。

2017年12月25日更新

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