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「真理は魂の祝福となる」

- 2017年7月2日 -

講師:浩 鉉師 師
聖書箇所 Vヨハネ 1-4

「長老から、愛するガイオへ。私はあなたをほんとうに愛しています。 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、私は非常に喜んでいます。私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。」

 使徒ヨハネがガイオという人に宛てて書いた手紙が3ヨハネの手紙です。ガイオは、伝道の働きに献身していた兄弟姉妹たちを受け入れ、次の働きに送り出すということをしていたようです。ところが、この同じ教会にデオペレテスという人がいて、混乱をもたらしていたようです。デオペレテスは自分がリーダーになりたいという野心を持っていて、主の働きを妨げていたと3ヨハネには書かれています。しかし、ガイオはこのような状況の中でも熱心に主に仕えていました。おそらく、彼の心の内には葛藤、戦いがあったと思います。それでヨハネはこの手紙をガイオに書き送ったのです。

●愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。(Vヨハネ 2)

 ここには三つの祝福が書かれています。魂、全ての点、そして健康に対する祝福です。しかし、この三つの中で一番大切なのは魂が祝福されるという事です。私たちはイエス・キリストを信じて、罪を赦されていても、私たちの魂が縛られていたとしたら、私たちは神の御業を見ることは出来ません。世の中にはたくさんの偶像があります。人間の心のうちには神を求める思いがあるんです。しかし、どこに本物の神がいるのかを知らないので、目に見える偶像を作ってそれを拝み、偶像に縛られてしまう。人間は目に見えるものから強い影響を受けるのです。私たちには魂の祝福が必要です。それは、否定的な心が肯定的な心になる事です。それは、否定的で消極的な態度から肯定的で積極的な態度になる事です。

 魂が祝福されるためにはいろいろな方法があります。聖霊が魂に触れるという事もあるでしょう。御言葉が私たちの魂に触れるという事もあるでしょう。しかし、私たちが心からの礼拝を捧げるときにその礼拝の中で働いておられる聖霊様を通して霊的な恵みと力が私たちの魂に注がれます。

●けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。(詩編22:3)

 私たちが賛美を捧げ、礼拝を捧げる中で私たちの心の頑なな部分に触れられて自分の罪や失敗を素直に悔い改めることが出来るようになります。人を赦すことが出来るようになります。また、疲れているからだや病気が癒されることが起きるんです。私たちには魂への祝福が必要です。クリスチャンとはイエス・キリストを救い主として信じる人です。聖書は人間は全て罪人だと言います。人間は罪を犯すから罪人なのではなく、罪人だから罪を犯すのです。だから私たちは失敗します。でも、私たちは神様に愛されているのですから、私たちは神の愛を信じて、御言葉に立つ方を選びましょう。魂の祝福は精神的な祝福です。御言葉をしっかりと握り、その御言葉に立って歩んで行くという力です。真理が私たちの心に入って来なければ、この祝福を体験することは出来ません。ちょっと良いことがあって、それをうれしく思うようなレベルを祝福と呼んでいるのではありません。ガイオのように、教会の中に大きな問題があり、神の働きを妨げる人達がいても、それでも尚、神の働きをしようとするその魂が祝福されて良き働きが出来るように、そういう祝福なんです。私たちは真理を悟って握り、そして信仰をもって歩まなくてはなりません。そして、真心を込めて礼拝を捧げていただきたい。皆さんが種を蒔いたら、主が祝福して下さるという信仰を持ってください。主は皆さんが払った犠牲に必ず報いてくださいます。主のために犠牲を払う人を主は無視されたりすることは絶対にありません。主は良いお方です。私たちは主を喜び、喜んで主に仕えていきましょう。そうして、私たちは主の喜ばれる教会を建て上げたいと願っています。

2017年7月24日更新

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