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「キリストと共に生きる6 やがて、全てのものがキリストに治められるから」

- 2017年6月18日 -

講師:水野 明廣 師
聖書箇所 エペソ1:8-10、詩篇63:2-4

「神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって、時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され、天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められることなのです。このキリストにあって、」(エペソ1:8-10)

「主は、私たちの上に恵みを溢れさせてくださいました。この恵みとは、私たちには想像もできないような神の知恵と思慮深さによって、ふさわしくない者に一方的に与えられるものです。神は、あえてこの世の取るに足りない者や見下されている者を選び、ご自分のものとされました。」


●これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。(Tコリント1:29)

 神は、私たちが自慢することを喜ばれません。なぜなら、全て主が与えてくださった恵みによるからです。

●わたしは主によって大いに楽しみ、わたしのたましいも、わたしの神によって喜ぶ。主がわたしに、救いの衣を着せ、正義の外套をまとわせ、花婿のように栄冠をかぶらせ、花嫁のように宝玉で飾ってくださるからだ。(イザヤ61:10)

 突然にある瞬間、全能の神が私を愛し、私と共におられるということに気づかされることがあります。これは聖霊様の働きです。

●神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、(イザヤ61:1)

 ダビデは不幸な生い立ちに育ちました。しかし彼は、全能の神が自分の本当の父であることを知っていたので、どんな時にも主を喜び、主をほめたたえていました。
 私たちは、いつ何が起こるかわかりません。しかし主は、私たちに救いの衣と義の外套を着せてくださいました。キリストにあって御国を受け継ぐ者とされたのです。
 聖めは大切ですが、これは人間の努力や行いによっては不可能です。私たちの義はみな不潔な着物のようです(イザヤ64:2)。イエスキリストが私たちのために十字架で血を流し永遠の贖いを成し遂げてくださいました。イエスキリストの血によって、私たちは聖い者とされたのです。

●キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。(ヘブル10:14)

 この恵みの世界に生かされている私たちは、いつでも大胆に主の前に進み出て、求めることができるのです。

●ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(ヘブル4:16)

 主は「求めなさい。」と私たちに言っておられます。

●後の雨のときに、主に雨を求めよ。主はいなびかりを造り、大雨を人々に与え、野の草をすべての人に下さる。(ゼカリヤ10:1)

 さらに、聖霊様を慕い求めましょう。

●それゆえ、主はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、あなたに答えてくださる。(イザヤ30:18-19)

 恵み豊かな主は、主に向かって切に叫び求める者を放っておかれません。自分自身や愛する者のために祈りましょう。そして何よりも主の御名があがめられることを祈ってください。主はクリスチャンに素晴らしい身分を与えてくださいました。

●しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。(Tペテロ2:9)

 私たちは主のものとされました。聖書の有名な放蕩息子の物語では、家出をして父の財産を使い果たし、みじめな姿で戻ってきた弟のことが描かれています。しかし、もう一人の本当の放蕩息子は兄の方です。悲しいことに兄は父のそばにずっと一緒にいながら、父の心を理解できませんでした。

●父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。(ルカ15:31)

 恵み溢れる父なる神様は、もっと私たちを祝福したいのです。「なぜ、私にもっと求めないのか?」と言っておられます。クリスチャンライフ50周年を迎えた私たちは、「もっと、私たちを祝福してください。私たちは主のものです。私たちを用いてください。」とさらに切に主に求めていきましょう。

2017年7月24日更新

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