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「いのちを蒔く」

- 2017年4月23日 -

講師:大矢 頭 師
聖書箇所 Tコリント15:42-46

「死者の復活もこれと同じです。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、 血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。聖書に『最初の人アダムは生きた者となった。』と書いてありますが、最後のアダムは、生かす御霊となりました。最初にあったのは血肉のものであり、御霊のものではありません。御霊のものはあとに来るのです。」

1.今居る場所で働かれる神
 教会での働きにしか神様は働かないのでしょうか?聖書は「みなさんの今居る、その場所でこそ神が働かれている」と教えています。良い例がダニエルです。ダニエルは、仕事を持ち、聖霊の助けを得てその場所で頭角を現しました。私たちの今置かれている職場、家庭、学校で聖霊が働きます。

2.目的は「神様の御計画が実現すること」
 聖霊の助けによって成功することは、目的ではありません。私たちの働きを通して神様の御計画が実現されることが、目的です。聖書にはまだ実現していない計画が書かれています。神様は、その御計画を自分の物とする人を探しています。

3.いのちを蒔くこと
 イエス・キリストの復活は、死の先に何かがある、ということを示してくださいました。第一コリント15章は、「死者が復活するか、どうか」を一つの鍵としながら、「人生の何たるか」を述べています。

●「ところが、ある人はこう言うでしょう。『死者は、どのようにしてよみがえるのか。どのようなからだで来るのか。』愚かな人だ。あなたの蒔く物は、死ななければ、生かされません。」
(1コリ 15:35-36)


 復活が、どういうものかを知ることが大切なのではありません。「蒔く物」=私たちの体が死ななければ、復活を体験できないのです。
 日常の働きには「小さなこと」「つまらないこと」と思ってしまう働きも多々あります。しかし、そのような日常の小さな働きに私たちの体を捧げて行くなら、そこに復活の命が現われます。自分の命、体を使命に捧げていくなら、そこに聖霊の働きがあり、復活の体験をすることができます。私たちの朽ちる体も神様の御計画のために用いられることによって、よみがえりの体となることができます。仕事であれ、家事であれ、キリストにあって労苦するなら必ず勝利します。
 「苦労するのは、ちょっと嫌だな」と思われるかもしれません。箴言の御言葉を見てみましょう。

●「自分を知恵のある者と思っている人を見ただろう。彼よりも、愚かな者のほうが、まだ望みがある」(箴言 26:12)

 なぜ、知恵ある者よりも、愚かな者のほうが良いのでしょうか?

●「なまけ者は『道に獅子がいる。ちまたに雄獅子がいる』と言う。」(箴言 26:13)

 知恵ある者は、やる前にいろいろ考えてしまい、結局何もやらずに終わってしまいます。そんな者よりも、まだ愚か者の方がましだということです。伝道者の書にもあります。

●「風を警戒している人は種を蒔かない。雲を見ている者は刈り入れをしない。」(伝 11:4)

 本当にやらなければならないことは、種を蒔くこと、刈り入れをすることです。風や雲を見ることではありません。出来ない理由を考えるのではなく、毎日、出来ることを果たしていきましょう。

●「朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。」
(伝 11:6)


 自分でうまくいくかどうか、判断しなくていいのです。出来ない理由を探して、何もしなければ、成功もしません。神様の働くチャンスを消してしまいます。

4.休む時、動く時
 神様の前に自分自身を捧げて行く時、本当に心がこわれ、体が弱っている時は無理をしないでください。預言者エリヤに学びましょう。疲れや痛みがひどい時は休みます。そして回復して来たら、出来ることから少しずつ動き始めます。コツは、完全に回復するまで待ってから動き始めるのではなく、少し動けるようになった時に、出来ることから始めることです。

5.永遠に属するものにのみ働く神様の力
 神様の力が働くのは、個人の目標に対してではありません。永遠に属するものにのみ、神様は働かれます。

●「神はまた、人の心に永遠を与えられた。」(伝 3:11)

 永遠とは神御自身のことです。神様が私たちに求めているもの、私たちに与えたいと願っておられるものは「希望」です。ただ、それはまだ誰も見たことも聞いたこともありません。

●「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」(1コリ 2:9)

 しかし、神様は確かに希望をみなさんに人生に備えておられます。ダニエルは聖書から啓示を与えられ、それが目標となりました。「この時間をあなたのために蒔きますから、あなたが使ってください」という人を神様は探しています。今の時代のダニエルを探しています。

6、忠実なしもべ

●「人々がこれらのことに耳を傾けているとき、イエスは、続けて一つのたとえを話された。それは、イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現われるように思っていたからである。」(ルカ 19:11)

 この後にミナのたとえが語られます。人々が、神の国がすぐにでも現われるように思っていた時に、話されたたとえです。みなさんも、地上の人生よりも御国の人生の方が素晴らしいと思っておられるかもしれません。そう考えていることを神様は知っていて、このたとえを語られています。地上の人生において、神様は何かしらあなたにゆだねています。そのゆだねられたものを使い、毎日を忠実に送ることによって、人生が神様への捧げものになり、神様の御計画が実現します。地上での人生には、意味があるのです。神様は、忠実なしもべを求めています。

 日々、自分のいのちを蒔いて歩む時、私たちは神様の御計画を実現する聖書の登場人物として生きることができるのです。

2017年5月12日更新

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