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「キリストの恵みで成長する25−受けた良い恵みを分かち合う」

- 2017年3月5日 -

講師:水野 明廣 師
聖書箇所 ガラテヤ 6:6

『みことばを教えられる人は、教える人とすべての良いものを分け合いなさい。』

 昔、母から「お前が『お母さん』と呼ぶ時はいつも『お金をくれ』とか『自分に出来ないことをやってくれ』という事ばかり言われてゾッとした」と言われたことがあります。そう言われて傷つくような思いがしたり、しかし一方で「そうかもしれない」と思ってみたりという複雑な心境だったのですが。

 この時期になると特に思い出されるのは高校の受験の時の事です。私は私の兄も姉も通っていた高校に行きたいと思ったのです。ところが、先生も親も「お前は勉強しないから無理だ」と言われてしまいました。そう言われると余計奮起して、なんとその高校に見事合格してしまうんですよ。先生は全然褒めないで、「奇跡だ」なんて言っていました。私の母親は私の合格を聞いて泣いて喜んでくれるんですね。「明廣、お前本当に良かったね」と泣きながら言われて、母を喜ばせる事の喜びを強烈に体験したんです。それから、このすぐ近くにある神社でお祭りのようなことがあって、何かもらえるというので当時、私はそこに行ったんです。すると、そこに珍しい外国の人が立っていました。私はその人に近づいて行って、「あんたも何か貰いに来たの」と話しかけたんです。するとその外国人の人は、「私は日本の人に素晴らしいものをあげたいと思って来たんです」と言うんですよ。それで私は、「あんた何くれるの」と聞いたらその方がトラクトを渡してくれて、イエス様のことを話してくださったんですね。そして、私をご自分の家で開いていた集まりに招いてくださったんです。それが私の救いのきっかけでした。この方が私にイエス様を紹介してくださった出来事が私の一生を変える出来事になったのです。

 この宣教師の方が今は90歳近くで今でもカナダでご存命です。だから、私が年に一回カナダに行くときにはいつも贈り物を持って、生きている限りは何とか彼に対して感謝を表したいと願っています。

 多くの方から良いものを頂いた、というのが私の人生において大きな恵みであり、支えであり、そのお陰で今の私があるという現実があります。多くの方が良い物を分かち合って下さったので、私は励まされ、慰められて今日まで歩めてきたのです。今日、皆さんと一緒に読んだ箇所は「良い物をお互いに分かち合いなさい」と書かれていますね。勿論、私たちはそれぞれ問題や課題や必要があります。しかし、聖書は私たちをそれでも良い物を分かち合うようにと励ましているのです。イスラエルには二つの湖がありますね。その内の一つはガリラヤ湖といって、水がとても綺麗で、多くの魚が住んでいる美しい湖です。川から豊かに水が注がれ、そしてヨルダン川を通してその水を流しています。もう一つの湖は死海です。それは受けるだけで流さないという死の湖です。私たちは良い物を貰ったら流すということを習慣にすることが大切です。そうするなら私たちは恵において成長することができます。

●わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩編 103:2)

 またすべての良い恵みを数えるということも大切です。勿論、それぞれに問題や悩みがあるでしょう。それでも、自分の目が見えていること、歩けること、耳が聞こえることを当たり前のこととしないで恵みとしてそれを数え、感謝する、そのような歩みが大切です。

●主は遠くから、私に現われた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。(エレミヤ 31:3)

 主なる神様はみなさんを永遠の愛を持って愛してくださっていると言っています。この愛をどれだけ受け止められているでしょうか。

 今日のクリスチャンライフのデボーションの箇所はヨシュア記でしたね。2章の中にラハブという女性が登場しますね。この女性はエリコの城壁の壁の中に住み、大変な仕事をしてなんとか生計を立てているという人でした。この女性はそれほど悲惨な状況の中でエリコに偵察に来た二人のイスラエル人のスパイを匿うんです。もしそんな事がバレたら自分の命を失うかもしれないというほど危険な行動です。しかし、彼女は自分に出来る全てを行って二人のスパイを匿いますね。その後、何が起きたでしょうか。ラハブは後にイスラエル人と結婚します。そして彼女はダビデの家系に入るんです。不思議なことです。

 またI 列王記にはエリヤの話が出てきますね。主はイスラエルの国があまりにも主の御心から離れた状態にあるので何年も雨を降らせないということをされます。そしてそれが現実に起きる中で預言者エリヤはついに自分も食べるものがないという所に置かれるんです。すると主はエリヤにシドンの地にあるツァレファテのやもめのところへと遣わします。エリヤはそこへ行き出会ったやもめに対してパンを食べさせて欲しいとお願いしました。するとやもめは、「これが私たちに残された最後のパンで、これを食べた後、私は息子と一緒に死のうと思っていました」と言うんです。しかし、このやもめは、エリヤに最後のパンを捧げて、その結果彼女たちの家の小麦と油は尽きることが無いという奇跡を体験したんです。

 私たちは自分が問題の中にあるときに、他の人を助けることは出来ないと考えてしまいます。しかし、皆さんが皆さんの持っている良い物をもって人々をたてあげ、支える時、神様が皆さんの見方となってくださいます。私たちに必要なものは助けかもしれません。しかし、あえて申し上げます。皆さんの持っている最高のもので主を崇めてください。それは、感謝の言葉でもいいと思います。もし良い物を与えるということを貫き通せるなら、まさに恵みと慈しみが皆さんを追いかけていく、そのような歩みの中に進んでいくようになります。自分も「受けることができる」という信仰を持って良い物を捧げ、分かち合ってください。

2017年3月8日更新

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