ローマ人への手紙 4章

目次  第3章  第5章

4 1 それでは、肉による私たちの先祖アブラハムのばあいは、どうでしょうか。
4 2 もしアブラハムが行ないによって義と認められたのなら、彼は誇ることができます。しかし、神の御前では、そうではありません。
4 3 聖書は何と言っていますか。「それでアブラハムは神を信じた。それが彼の義と見なされた。」とあります。
4 4 働く者のばあいに、その報酬は恵みでなくて、当然支払うべきものとみなされます。
4 5 何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。
4 6 ダビデもまた、行ないとは別の道で神によって義と認められる人の幸いを、こう言っています。
4 7 「不法を赦され、罪をおおわれた人たちは、幸いである。
4 8 主が罪を認めない人は幸いである。」
4 9 それでは、この幸いは、割礼のある者にだけ与えられるのでしょうか。それとも、割礼のない者にも与えられるのでしょうか。私たちは、「アブラハムには、その信仰が義とみなされた。」と言っていますが、
4 10 どのようにして、その信仰が義とみなされたのでしょうか。割礼を受けてからでしょうか。まだ割礼を受けていないときにでしょうか。割礼を受けてからではなく、割礼を受けていないときにです。
4 11 彼は、割礼を受けていないとき信仰によって義と認められたことの証印として、割礼というしるしを受けたのです。それは、彼が、割礼を受けないままで信じて義と認められるすべての人の父となり、
4 12 また割礼のある者の父となるためです。すなわち、割礼を受けているだけではなく、私たちの父アブラハムが無割礼のときに持った信仰の足跡に従って歩む者の父となるためです。
4 13 というのは、世界の相続人となるという約束が、アブラハムに、あるいはまた、その子孫に与えられたのは、律法によってではなく、信仰の義によったからです。
4 14 もし律法による者が相続人であるとするなら、信仰はむなしくなり、約束は無効になってしまいます。
4 15 律法は怒りを招くものであり、律法のないところには違反もありません。
4 16 そのようなわけで、世界の相続人となることは、信仰によるのです。それは、恵みによるためであり、こうして約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持っている人々にだけでなく、アブラハムの信仰にならう人々にも保証されるためなのです。「わたしは、あなたをあらゆる国の人々の父とした。」と書いてあるとおりに、アブラハムは私たちすべての者の父なのです。
4 17 このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。
4 18 彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる。」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。
4 19 アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。
4 20 彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、
4 21 神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。
4 22 だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
4 23 しかし、「彼の義とみなされた。」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、
4 24 また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。
4 25 主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。

第5章